自意識の強いブログ

absolutely illiterate

無題

 

すっかり足腰の弱った祖母が自殺を試みたと聞いたのはどれくらい前だったかな。

ともかくそれから祖母は精神病院に入れられた。

祖母より十ほど若い元気な祖父は早々に祖母を見捨て故郷に帰ったきり、めったに連絡も取れないらしい。

(母親は優しい祖父の非行をこっそりぼくに耳打ちした、人の見掛けに騙されるなという教訓とともに)

山村の古民家に祖母は一人取り残された。

 

その間祖母の世話を甲斐甲斐しく働いたのは母親だった。

母親は祖母の介護に当たって金銭的援助も肉体的扶助も差し伸べようとしない妹(というとぼくからすれば叔母だけど)の薄情を呪った。

一方で母親は父親が全面的に協力してくれることを半ば当然と考えているようだった。

しかしその父親以下家族からしてが、父方の親類縁者とは一切の交流を断っているのである・・・

(その原因にぼく自身の暗い記憶が関わっているような気がするのだけど、父方の祖父母に関して一言も触れてはならないという暗黙の了解があっては敢えて問い質すこともできない)

 

祖母は順調に回復したようで精神病院からの退院を認められた。

その祖母が市の無料の介護施設に受け入れたことは両親からすれば僥倖だったはずだ。

もちろんそのために両親は相当あちこち奔走したに違いない。

そんなことがどうしてあり得るのかちょっと分からないが、祖母は年金をもらっていないようなのである。

 

ところが快方に向かうと祖母は一転して職員や母親に迷惑ばかりかけるようになったらしい。

わがままを言い、憎まれ口を叩き、人の親切に感謝ができないへそ曲がり。

癇癪持ちの母親は血がつながっている分あからさまに不満をぶちまけた。

仕事を休んでまで介護に協力していた気のいい父親は静かに母親の憤懣を受け止めていた。

父親が度を越して優しいのは所詮は他人だからだろうか・・・?

 

とうとう祖母は介護施設からも見限られ精神病院へと逆戻りすることになった。

この際の両親の落胆は知るべくもない。

母親はついにぼくにまで愚痴をこぼした。

今まで両親は祖母の件について直接ぼくたちに何かを言うことはほとんどなかった。

「元気になったらお見舞いに行ってくれ」それだけだ。

ぼくは精神病院に対する単なる好奇心から二つ返事をした。

 

それにしてもこの両親の子供に対する優しさは、今現在祖母を強襲している身内の無関心と表裏一体だ。

祖母の存在が一家の中で比重を増してから家族の中に微妙な裂け目が生じてそこから酸えた臭気が立ち込めているような気がする。

 

ぼくは母親の愚痴に対して「分からない」と答えた。

それ以外にどう言えばよかっただろうか。

祖母のいたいけな復讐心と母親の独りよがりな老婆心、どちらへの敬意も失わないためには。

母親は親の気苦労ひとつ忖度できない息子を叱った。

 

ぼくはかつて病気の母に代わって祖母に育てられた。

大伯母(ぼくにとっては他人同然だった)の葬式の後、祖母が亡くなることを思って泣いたりもした。

大伯母の死装束の白さですら生々しく不愉快だった。

妹や従妹は別れ花に埋もれた身体の冷たさにはしゃいでいたけど。

 

今ぼくはそのときと本質的にはさして変わらない嫌悪で祖母を忌避している。

骨と皮だけになった手、青紫のあざが斑紋のように広がった皮膚、手前勝手に変換した思い出話を何度も繰り返す耄碌、全部が厭わしい。

手を引かれて亀のように歩く曲がった背中は手足をもがれた虫のようだ。

祖母が使用した後のトイレにははや死臭が漂っている。

 

けれどもそんな祖母とも事の発端から一度も会っていない。

「元気になったら」そんな日は永遠に来ないからだ。

だいたい元気になった後の見舞いに一体何の意味があるだろうか。

 

冷酷、無関心、憎悪、独善、無私、好奇心、怯懦・・・

すべてがすれ違ってる。

 

ぼくは祖母が早く死んでくれることを望んでいる、生きるために生かされるというような欺瞞の犠牲になるくらいなら。

死者ほど愛しやすい者はいないものだ。

祖母が亡くなればいがみ合っていたのが嘘のように皆手を取り合って泣くことだろう。

そんな涙の悔恨や悲哀は嘘っぱちだからこそ返って真に迫って遺族を気持ちよく酩酊させる。

 

ぼくは意地でも人前では泣かないけども、生前の怠惰を悔いて自室で一人流す涙はさぞ甘いに違いない。

 

それにしても今日は暑い日だった。

 

メーシャに行ってきました

 

皆さん、おひさしブリーフ!

最近急に暑くなったせいか、締切まで一か月を切っている論文の構想が木っ端みじんに吹き飛んだせいか、ぼくは完全に体調を崩してしまいました。
免疫力が落ちたせいで、頭は痛いわ、蕁麻疹は出るわ、喉は潰れるわ。
さながら身体が学級崩壊したかのような、そんな感じでした。

眼がゴロゴロするので鏡を見ると片目が真っ赤に充血しています。
それが鼻詰まりの要領で左右交互に来るんだからたまりません。
そんなわけで早めに床に就きました。
もっとも暑すぎてとても寝つけませんでしたが・・・

こうして取引に夢中になっていたオレは、背後から近付いてくるもう一人の仲間と云々し、その後もカクカクシカジカあり、とにかく目が覚めたらまぶたが腫れあがっていたのです。

それがもうまるで試合後のボクサーさながらといった風貌です。
違いは、ボクサーが死闘の殊勲として持ち帰るそれを、ぼくは寝起きの鈍い驚きをもって迎えたということです。

そのあとは病院に行かずに済む理由ばっか考えていたんですが、親の厳命や明日の予定もあり、しぶしぶメーシャへ重い腰を上げたわけでございます。

受付を済ませ、持参したプルゥストでも読んでしばらく待っていると名前が呼ばれました。
「おっ速いじゃーん」なんて思いながら、ナースの指示通りスツールに腰かけ、双眼鏡を五倍いかつくした器具にアゴをのせると、視界の先には気球がピントの位置をずらしながら膨らんだり縮んだりしています。

いやこれ視力的なやつ測るやつやん!
ぼくは目の腫れをどうにかしてほしいんだが。
病院はしばしば強権を発動して従順な患者を丸め込めます。
医者に「ここで跳べ!」と言われたら大半の人は跳ぶのではないかと思います。

「それじゃあ今度は風を出しますね」とナースが言いました。
無論意味がわかりません。

いつの間に眼科は己の職分の中に「風を出す」ということを加えたのでしょう。

 

それでもぼくはおとなしくレンズの中の緑の光点を見つめていました。

すると突然ほこりを吹くような鋭い吐息が眼球めがけて飛んできました。

ぼくは思わず立ち上がって「大丈夫ですか?」と訊ねました。

このように人は大丈夫じゃないとき、かえって自分の方から相手が大丈夫かどうか聞いてしまうものです。

 

当然ナースは大丈夫なので「じゃあもう一度出しますね」と平然と言い放ちます。

「目をもっと見開いてください」と追い打ちまでかけてきます。

けれどもぼくの方はただでさえまぶたが腫れているうえに、意表の先制攻撃で笑いが止まらず、いつ来るか予測できない第二波をびくびくしながら待つ、という始末ですからどうしようもありません。

都合片目につき三度の吐息攻撃に甘んじる次第となりました。

(この風圧療法のあらたかな霊験について問いただすことはすっかり失念していました・・・)

 

続いては本式の視力検査です。

ところで、眼がいいことだけが自慢だったぼくもここ数年ですっかり視力が悪くなってしまったので、自然視力検査の方も落第が決定している成績発表のような憂鬱なイベントになっていることを皆さんには了解されたいと思います。

 

「右?左?うーんわかりません」

レンズを変えて

「あー上!上!左?下っぽい。あーそこは困ります」

またレンズを変えて、今度は左右を変えて、延々半ば勘で四方を答えるマシーンと化していました。

 

「わからない?」と言われると期待に沿えないことがなんだか申し訳なくなって目を凝らしてみますが今度は「目を細めないで!」と注意されます。

しびれを切らしてついに「右か下!!」と禁断の二枚抜きを敢行したりもしました、四択なのにネ(何も言われなかったので多分どっちかが正解だったんでしょう)。

何度もやっているうちに答えも覚えてきたので、視力検査という名目の内実を首尾よく記憶力検査へと転じることができました。

こうなればワタクシ負けません。

 

ただ一つだけどうしてもわからないものがありました。

同列の他のランドルト環は認識できるのに、そいつだけはレンズをいくら変えても、角度を変えてもわからないのです。

「え~~・・・右?」

「違います」

「じゃあ・・・あ、上か!」

「違います」

ナースはとうとう笑い出してしまいました。ぼくも笑いました。

四つに一つを二回続けて外したのでは博打となんら変わるところありません。

 

そいつよりも小さい奴らはちゃ~んと分かるんです。

でもそいつだけ分からない。それが不思議でなりませんでした。

最後にナースが「さっきのは左だよ」と教えてくれました。

これには驚きました、第一印象は右だったんですから。真逆です。

 

ナースが狂言でもしているのではないかと疑って近づいてみますと、突然そいつは左側にぽっかり穴を開けた、得意げな円環として姿を現しました。

ぼくは狐につままれたような心地になりました。

振り返ってみますとやはりナースは可笑しそうに笑っています。

 

「ナースは手品師である、よくよく注意するべし」

これが今日の訓戒であります。

しかしまんざら悪い気もしないのです。

いや白状するとかなり愉快でした。

 

「診察はだいたい三十分後くらいです」とナースが言いました。

「待ってる間に失明したらどうする」とは言いませんでしたが、また待たされるのではちょっぴり不服でした。

「それじゃあぼくとお話でもして待ちましょうか」

これももちろん言いませんでした。

 

         ⁂

 

診察室は暗室のようでした。

窓を覆う黒いフェルト布が外光を遮断する代わりに、オレンジの照明が先生の背後から室内を浮かび上がらせています。

位置的な関係から、患者からは先生の表情をはっきりと読み取ることができません。

強い照明は先生の輪郭を縁取って中を黒く染め上げてしまうからです。

ぼくの足元には先生の濃い影がかかっていました。

 

反面先生から見ればぼくの姿は追い詰められた大泥棒のようにはっきり捉えることができたでしょう。

この圧倒的な不均衡に加えてもうひとつの不均衡がありました。

それは、素人考えでは目を検査するにあまりに仰々しい装置でした。

「ここはショッカーの基地か?」

この二つのアンバランスは気弱なぼくをのっけから委縮させました。

 

先生は問診を開始しました。

しかしそれがぼくには正解と不正解が与えられていて、不正解を引くと先生は不機嫌になる、といった体で進行するので内心参りました。

実際には答えに正解も不正解も一つしかないわけですから、結局ぼくは何を答えるにも先生の圧に若干テンパる羽目になります。

「目が腫れたのはいつから?」

「今朝です」

「今朝!?」

「あ、はい。といっても今は幾分マシになったんですが・・・」

「今はマシ!?」

 

「今はマシ!?」の「!?」は医者から見るとそうではないという意味なのか、あるいは本当にマシでそんな軽症でわざわざ来るなという意味なのか、ぼくはそんな下手な勘繰りをせずにはおれないタチなのです。

 

「じゃあここに頭を当ててくださいね」

いよいよあの改造マシーンのおでましです。

ぼくは遠慮がちに顔をのせます。

するとすぐさま「もっと額を押し付けて!」と言われました。

「もっと!!」

 

これがホスト(医者)とゲスト(患者)の認識の違いです。

「くつろいでくださいね」と言われて実際くつろいでいるつもりでもやはりどこかに遠慮が残っているものです。

目ざとい医者はそれを見逃しません。それが彼らの本分だからです。

 

しかし本当に遠慮なく、思い切り額を押し付けていいものなんでしょうかね。

もしアンドレ・ザ・ジャイアントにそんな迂闊なことを言えば、高価な精密機器はたちまちヘッドバットでお釈迦になると思うんですが、そういう危険は考えないんですかね。

 

額をぐいと押し付けると「向こうのアンパンマンを見てください」と言われました。

アンパンマン、というのはこの鬼気迫る局面において意表の一着です。

見ると暗幕の手前にアンパンマンの人形がまるで首吊り自殺をしたように、無風の室内をくるくると回転しながらぶらさがっています。

冷静に考えるとこの図はちょっとした狂気です。壮観ですらあります。

皆さん、現代におけるシュルレアリスムとはこうして日常生活の中に何の疑問を抱かれることもなく溶け込んでいるのです。

 

ぼくが縊死したヒーローを悼んでいる間に、先生はぼくの目を検査します。

病因を突き止めた号砲か、お手上げの合図か知りませんが、ファミコン風の8ビットのサウンドエフェクトが鳴りました。

それがまたどうしようもなくミスマッチだったので、ぼくはこの狭い診察室をテーマパークと確信しました。

 

先生はしばらく逡巡した後「アレルギー性の結膜炎だと思います。目薬を出すのでそれで治らなければまた来てください」と言いました。

要するにはっきりしないんだな、とぼくは合点しました。

けれど主観的に感じることしかできなかったしんどさが、アレルギー性結膜炎なんて「よそ行き」の言葉を着せられてこんな風に投げ返される、というのはある種痛快ではあります。

 

診察が終わってからも随分待たされ、ようやく受付嬢から小さな点眼薬を頂戴することができました。

シシドカフカ片桐はいりを足して二で割ったような嬢でした。

彼女が平日の午後(ニートのぼくは休日気分ですが)の味気ないクリニックに微かなエロを添えていました。

 

はれてメーシャから解放されると、すこし涼しくなっていることに気がついて嬉しくなりました。

 

それと最後に一つだけよろしいでしょうか。

論文が本当にヤバい。

しかし切羽詰まるとブログを書きたくなるのがぼくの悪い癖。

 

追記

ぼくは杉下右京の「はいぃ?」のものまねが上手いです。