自意識の強いブログ

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羽生善治・永世七冠というおめでたいニュースの不快感について

 

どうやら半年ぶりの更新らしいです。

ブログなんか書く暇があるなら卒論を書けと良心がささやいていますが、羽生さんが竜王を奪取したというニュースが本当に不愉快だったので久しぶりに書こうと思ったのです。

 

そもそも永世七冠というのは空前絶後のチートな業績で将棋ファンは皆今日のこの瞬間を待ち望んでいたことでしょう。

 

なのでぼくはその情報をシャットアウトしていました。

なのに!家に帰るとやはり将棋ファンの父親に開口一番「羽生が勝ったで!」と言われてしまい、完全に不機嫌になってその足でカタカタやってるわけです。

 

ところでぼくは渡辺さん(羽生さんの対局相手ね)の熱狂的なファンではありません。

じゃあなんで半年ぶりにブログを更新するくらいカリカリしているのかというと、その理由はまさに父親とのやりとりに現れているのですが、

 

みんなが喜んでいるから、です

 

おいおい、あまのじゃくはよしてくれよ...と言われそうなのでぼくのモヤモヤ感をもうすこし説明することにします。

 

みんなが喜ぶことは、みんなが喜ぶはずだ、とみんなが思っている 

ということに対する息苦さってとこでしょうか。

(ぼくの父親も、当然ぼくが喜ぶと思って声をかけてくれているわけですね。)

 

もちろん問題は、最初と三番めの「みんな」と二番めの「みんな」が違うということです。

 

羽生さんが永世七冠を獲った!これは将棋ファンに限らず——というよりぼくには将棋ファン以外の方がむしろそうだと思えますが——すごいことであり、おめでたいニュースです。おそらく夕方のニュースはこの話題で持ち切りだったことでしょう。チッ‼

 

 でも当然みんなと言っても1億2千万人全員という訳ではありません。

渡辺さんは悲しんでいるでしょうし、その家族も悲しんでいるでしょう。

羽生ファンほどはいないだろう渡辺ファンも悲しんでるでしょうね。

 

そしてぼくのようなあまのじゃくも悲しんでいます(ここでツッコんでください)

 

ところが二番めの「みんな」、これは想像上の「みんな」な訳ですが、そこからは悲しき少数者はごっそり抜け落ちてしまっています。南無三!

 

「お互いのためにそうした方がいいと思うの...」と別れを切り出す女性、

ビアンカと結婚するのが人情だと思っているゲーマー、

人道的見地から強硬手段に出るのもいとわない捕鯨反対派の欧米人、

4年に一度スポーツからもらった感動が話題を独占する朝の教室、

パリでテロが起きたときだけ三色にライトアップする東京やワシントン、ロンドン...

 

良心が常に強いる犠牲に無頓着であるという点で、これらは全く変わりません。

 

こうした純心に比べれば、テロリストの悪意なんかはある意味ではかわいらしいくらいです。

 

アームストロング船長他1名が月面をキャッキャウフフと駆け回って全米(これもなんて暴力的な言葉なんでしょう)が熱狂していたとき、コリンズ司令官は宇宙船が飛んでいかないようにひとり留守番していたわけです。

二十世紀少年で読みました。

 

でもまあコリンズ司令官に感情移入するような人間は悪趣味なマスクを被ることになるのであって、要するにロクな人間にはなりません。

 

ショパンの革命のエチュードを聴いて「左手の方が打数が多い!」と嬉しくなったり、ヒップホップトリオのラップを聴きながらちゃんと全員のパートがあるか最後まで気が気じゃなかったりする人はぼく以外にあまりいないんじゃないかと思います。

 

こうして話が自分のところに戻ってきた以上もうグダグダ続けるべきではなさそうです。

冷静になってきたので卒論を書こうと思います。ぼくはまともに卒業したいので。

 

それではまた。

 

追記。「あんたにはもううんざりだわ!」って言ってくれた方が逆にすっきり別れられるよね